ちくたくちくたく

未来しか見えないよ

ピンクとグレー

明けましておめでとうございます。


年明け6時間前に読書納めをしました。

久しぶりに序盤からドキドキする作品に出会った。




【 ネタバレ 】

幼少期〜高校時代の回想(ごっちとりばちゃんがまだ対等に過ごしていた頃)を進める中で時折現在の様子(ごっちとりばちゃんの溝)が描かれる。それがとても切なかった。昔をカラフルな色に例えると今は色褪せてしまった感じ。これは結構普通の生活でもあることだなと。どこで差が出てしまったんだろうと簡単に同情しちゃったし、その段階では溝が出来るきっかけを知らないから読むペースが速くなった。

ただ、読み進める中で当たり前溝は出来るに決まっていると思ってしまった。本当に芸能界にいたいならりばちゃんもごっちを利用する気持ちで頑張ればよかったんじゃないか。自分の実力では走りきれないのに細々とエキストラを続けることの方がよっぽど惨めだと思った。

でも、私も絶対嫌だな〜悔しいとかそういう嫌な気持ちが付いて回る。バーター扱いされるといよいよ見下されてる気分になるのは分かる。

そこが「売れる」か「売れないか」の境目なのかなと思った。

ごっちは、舞台に立つことに強い憧れを持っていたからきっと逆の立場ならバーターもやったと思う。それでいつの間にか逆転してしまうような、そんな感じ。
りばちゃんはあのアドリブを思いつく??ごっちみたいな気持ちがないと多分自分の力だけでは走れないんだよ。

「俺はデュポンを持たなければいけない人間になってしまった。ラブホのライターを持つことはできないんだよ。」

とっても悲しいし1番好きな台詞

「白木蓮吾」の鎧を脱いでもごっちにはなれなくて、オニアンコウみたいに自分自身の中からもごっちは消えてしまった。りばちゃんがバーターを引き受けていたら焦燥感を煽るために仕事を詰めることもしなかったし、引き返せないところまでいかなかった。ごっちにはりばちゃんが必要だったんだよ。

(ごっちのりばちゃんへの「依存」が強すぎて、ごっち重た〜( 笑 )って思ったのは内緒で。)

2人とも死ぬことでオニアンコウみたいに一緒になれるからりばちゃんは死んだのかな。ごっちの姉のビデオテープを見たことで全てを理解したのかな。

幼少期のごっちは自分が祈ったから姉は死んだと自分を責めたけど、その世界に入ったことでその世界の鮮やかさに虜になって嫌気がさして姉の死を理解したけど、ごっちの姉は少し違う気がする。ごっちの姉は単純に1番綺麗な表現を追い求めていただけだと思う。一緒なのは1番輝いている「その時」に綺麗にいなくなることで永遠にこの世界に残り続ける。ってそんな狂気を感じた。

ってぜーんぶ私の想像でしかないんですけどね〜〜( 笑 )( 笑 )

映画も楽しみだから映画見たらまた感想書こう


終わり